2010年10月05日

対立する考え

ママ友達と集まる機会がありました。子供たちを好きなように遊ばせて、こちらはママ同士の会話を楽しんだわけですが、話題はママとして仕事をするかしないかに移りました。

内容は「子供ほおって、息抜きして、お金までもらえるほうがずっと楽。私もそうしたいよ」とか、「でも子供が大切だから、子供を他人に預けることはできない」とか、そんな感じ。人それぞれいろいろな考えがあるから、違う考えを見聞きするのは当たり前だし、どっちがいい悪いじゃないですよね。それにこの手の話題は初めてではない。それは分かってはいるのですが、この年になって非常〜にInsecureな私。自分と違った意見を真っ向からぶつけられると、自分が否定されたような気持ちになります。全然そういうつもりが向こうにないのはよく分かるのですが、どうしてもネガティブにとってしまう。

どうしてネガティブにとってしまうかというと、私がそのことに非常に罪悪感を持っているから。私だってできれば子供を他人に預けたりしたくないですよ。他の日本人の子供たちと遊ばせて、日本語を上達させたいですよ。でもそういうことができる環境にある人とない人といるわけで、うちは後者なので、子供たちには申し訳ないな、と常々思っているのです。だからそこをつかれるとすごく痛い。そして傷つく。

それに現実は息抜きになるような仕事ばかりじゃない。終わりのない残業とありえないクライアントの要求に毎日接する仕事だってある。一人でお茶飲む時間がないのは専業ママだけじゃなくて、私だって同じ。そんなのは専業兼業に関わらず、小さい子供のいる家庭ではきっと普通。私の場合、朝起きてから夜寝るまで自分のことをする時間なんてたぶん10分くらいじゃないかな。

そしてみんながやってる当たり前のことがまったくできてない現実。それはこの寒くなったのに衣替えが済んでいないことだったり、掃除機が週に一度かけるのが限度だったり、子供に何も習い事をさせてあげられないことだったり、ボランティアとかリサイクルとか大切であるけど生きてく上である意味不要なものをすべて排除することだったり、とにかく自分自身にフラストレーションがたまる毎日。こんなの私が望む生活じゃないけど子供が欲しかったんだから仕方ないとあきらめる日々。こんな日常を何とか生きる私が「楽な生活」を送っている?と、ついムカッとしてしまう心の狭い私。

思ったことを言い合える友達の存在は貴重。でもその意見が相違したときにいちいち心の中で荒波がたつ私は、そういう友達はできないのかもしれないですね。


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posted by たもも(月) at 04:13| Comment(6) | TrackBack(0) | 考えたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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